前提とは(3)

昨日のエントリーで紹介したとおり、「論理のスキルアップ」という本では、「隠れた前提」を次の3つに類型化している。
1.基本理由の背後にある前提
2.付加的な理由として前提
3.中間結論としての前提

このうち、3については省略するとして、1で述べていることは「ある根拠が妥当であることを示す前提」であり、2で述べていることは「その根拠を活用することが妥当であることを示す前提」であるとした。

しかし、本書で紹介されている例を見ると、もう一つ前提とするものがあることがわかる。例えば、次問題を見てみよう。

たくさんタバコを吸う人は、吸わない人に比べて、心臓発作や心臓病による死亡の発生率がはるかに高い。喫煙者にアテローム動脈硬化が多いのはニコチンのせいであると考えられてきた。しかし、現在では、本当の犯人は一酸化炭素であると見られている。実験において、数ヶ月にわたって一酸化炭素の作用を受けていた動物には、アテローム動脈硬化と区別ができないような動脈壁の変化が見られるのである。(p42、問題6)

本書の解説によれば、この問題では以下の二つを「付加的な理由」、つまりその根拠を活用することが妥当であることを説明するものとしている。これは本当だろうか? もう少し丁寧に見ていこう。
 a)喫煙者は非喫煙者よりも一酸化炭素の作用を受ける度合いが大きい
 b)一酸化炭素の作用を受けることによって、人と動物は同じように影響される

まずは、上記の文章を主張とその根拠に分けてみよう。ここで大切なのは、不要なものは思い切って削除する、ということだ。例えば、上記文章のうち、「しかし」の前の文章はなくても主張自体は成り立つ。これはある意味、主張の導入部であると見ることができるので、除外できる。その上で、主張と根拠に分けてみると、次のようになる。

主張:喫煙者のアテローム動脈硬化の発生率が非喫煙者と比べて高いのは、ニコチンでなく一酸化炭素のせいである
根拠:数ヶ月にわたって一酸化炭素の作用を受けていた動物には、アテローム動脈硬化と区別ができないような動脈壁の変化が見られた

この状態で本書で解答としてあげているaとbがどのように前提として機能するか見てみよう。まずはaから。

両者を見比べてわかるのが、根拠として説明しているのは主張のうち、「喫煙者のアテローム動脈硬化の発生率が高いのは、一酸化炭素のせいである」という部分だけである。このままでは、喫煙者と非喫煙者一酸化炭素の作用を受ける度合いが異なるのか分からず、結果として主張が成立するかどうか判断できない。つまり、喫煙者と非喫煙者とでは一酸化炭素の作用の受け方が異なり、(当然ながら)喫煙者の方がその作用を受けやすいことを説明しなければならない。

これは、根拠の妥当性を説明するものでも、根拠を使う妥当性を説明するものでもない。ダイレクトに根拠として説明すべきなのに説明されていないものを「隠れた前提」としている例である。

一方、bはどのような種類の前提だろうか。これは、根拠として使われている動物実験の結果を人間にも反映させてよいことを説明するものだ。つまり、これこど本書でいう「付加的な根拠」つまり、根拠を使う妥当性を説明する前提となっている。


ここまで見て、「隠れた前提」として本書で述べているものは、次の3つであると判断できる
1)根拠自体が妥当であることを説明すべきもの
2)その根拠を使うことが妥当であることを説明すべきもの
3)本来根拠として説明すべきもの

この3つの違いは図にするとわかりやすいが、図を掲載する技術が今の私にはないから割愛する。

以上を見て感じることとして、隠れた前提という言葉を口にするときには、確かに上記のような内容をあまり意識せずに使っているな、ということで、頭の整理ができた、ということと、試験で隠れた前提を題材にするといっても、これだけ内容が違うものが題材とされていると、隠れた前提を見つける能力とは違う側面を測る試験になりかねないな、という下世話な心配であった。