毛沢東 ある人生

毛沢東 ある人生(上)

毛沢東 ある人生(上)

毛沢東 ある人生(下)

毛沢東 ある人生(下)

昨日読了。結構一気に読めた(といっても、読み始めてから3週間ほどかかった。自分の読み力の低さが問題なのだろう)。

この人は20世紀の○大怪人ですな(○に何人入るかは人による)。本書は読んだ感想はこの一言に尽きる。あまりにやることの途方のなさにただ驚くばかりだ。それにしても、いつのまにか中国共産党を率い、しまいには世界の4分の1を支配する(人口ベース)ことになるとは・・・。

さらに驚くのが、毛沢東の支配によって犠牲となった人の数。その総計を超える犠牲を出したのは、何と第二次世界大戦の総死者数だけだそうだ。スターリンの粛清も、アウシュビッツ毛沢東のやったことから見れば、物の数ではないそうだ。そして、犠牲者のほとんどは餓死者だという。つまり、経済面での無策がこれだけの犠牲者を招いたのだ。それでも神格化され続けるというとこからか、もうこの人は怪人というしかない。

毛沢東の基本技は戦争とイデオロギーだ。腕っぷしと頭という、非常にシンプルな武器を使いこなしてあの地位に達することができるのだ、ということを改めて実感した。

また、本書はいまいちよく動きが読めない、と最近よく言われる現代中国について、少しヒントを提供してくれるような気がする。要はよくわからない国なのだ。だいたい、他の人が誰も理解できないようなトップ(毛沢東のこと)が君臨していたような国だ。それに従っていた人々が、わかりやすい行動をとるはずがないではないか。まあつまらない冗談は置いておくとして、思想的なことで扇動されやすい、そしてよくわからないけれど指示されたら素直に従う国民の多い国であることは、本書を読むとよくわかる。

もう一つ、数日前の読売新聞のコラムで「中国は儒教の精神を忘れたのだろうか」という旨のものがあったが、少なくとも現代の中国に儒教の精神があることを期待するのはほとんど不可能であると気付いた。確かに儒教は中国で生まれたが、必ずしも中国の人々に浸透しているのかというのは疑問だ。個人的には二度の焚書坑儒(一度は秦の始皇帝、一度は毛沢東)や科挙に見られるように、為政者の都合によって活用されたり捨てられたりしているにすぎないように感じる。

何はともあれ、一読して損はない一冊だというのが率直な感想だ。