フェルミ推定

昨年末から今年初頭にかけてのベストセラーに(今もだが)「地頭力を鍛える」がある。

地頭力を鍛える 問題解決に活かす「フェルミ推定」

地頭力を鍛える 問題解決に活かす「フェルミ推定」

本書はフェルミ推定というものを題材にしながら、ビジネスにおける地頭とはどのようなものか、それを鍛えるためにはどうすればよいかをまとめたものである。個人的には本書での「地頭」の定義には違和感を感じるが、それは別エントリーで。

ここでは、「日本に電柱は何本あるか?」という問題に対するときにどのような要素が求められるかを整理してみたい。

本書でも「日本に電柱は何本あるか?」的問題を解答するにあたって必要な要素は列挙されている。
・知的好奇心
・論理思考力
・直観力
・仮説思考力
フレームワーク思考力
・抽象化思考力
である。ただ、これら6つの力は上記問題に対するものというより、筆者が定義する地頭の構成要素と捉えたほうがよいだろう。そこで、「日本に電柱は何本あるか?」という問題の解答方法から、具体的にどんな要素が必要なのかを整理してみよう。

本書では、「日本に電柱は何本あるか?」という問題に対して以下のような解答が示されている。


第一ステップ:日本の電柱の数を因数分解する
 日本の電柱数=日本の面積(約38万平方メートル)×面積あたりの電柱数
第二ステップ:日本の面積を「都市部」と「郊外」にわける(及びその比率も)
 日本の面積=都市部の面積(20%)+郊外の面積(80%)
第三ステップ:都市部と郊外の面積辺りの電柱数を算出する
 都市部の面積辺り電柱数:400本
 郊外の面積辺り電柱数:25本
第四ステップ:これまでのステップで出てきた数値をもとに算出する
 日本の電柱数=38万×20%×400+38万×80%×25=約3,800万


と相成る(本書と数値が異なるのは日本の面積が違うから)

ここでどのような要素が必要になるかといえば、
 1.算式を作る力
 2.算式に該当する数値を使う&作り出す力
 3.算式に基づいて計算する力
となる。この中で3についてはそれほど詳述する必要のない話だから、1と2が鍵となる。

1については、本書でも「因数分解」という観点から説明している。さらに、全体像を捉えることも重要、と述べている。ただ、それだけでは具体的にどのように全体像を捉えればよいか、どうやって因数分解の仕方を思い浮かべればよいか、ということはわからない。確かに全体像を捉えておくことは重要だが、それだけでは1ができるわけではないだろう。

そこで重要になってくるのが、2のうち、特に既知の数値である。この種の問題は答えが未知だから因数分解しながら推定しようというものだが、因数分解した要素が未知では、未知と未知をかけあわせてとんでもない答えになってしまう。つまり、可能な限り既知のものを使うことを意識する必要がある。ということは、既知の情報をもとに因数分解することがコツとなる。

だから、日本の面積がわかっていれば面積をもとに電柱数を算出するやり方はないかを逆算して、面積×面積あたりの電柱数という風に因数分解できるし、その因数分解が意味をもつのである。従って、仮に日本の面積を知らない人がこの因数分解をしてもあまり意味はない(面接の場では「お!」と思われるかもしれないが)。なお、本書では「日本の面積を知らなければ東京〜博多の距離から算出する」云々という記述があるが、それはそれでリスクが高い。より不確定な算出方法をもとに出した数値の精度自体が落ちるからである。このような代替数値を推定するやり方は次善の策とすべきであろう(この問題に関して言えば、他によい因数分解もないので、次善の策を使うのが現実的なのではあるが)。

となると、重要になるのが、日本の面積を知っているか、ということと、それを活用できるように算式化できるか、ということになる。もちろん、他の要素から算式化できるかをチェックする必要がある。例えば、人口や電力消費量、電力会社のコスト構造等。この場合は関連性から考えれば面積に勝るものはないことがわかる。人や電力消費量が増えても居住地域が広がらなければ電柱の量は増えないし、電力会社のコスト自体知ることが難しいからだ。つまり、この問題で言えば、人の数という要素よりも「広さ」という要素が電柱数の決定に大きな影響を及ぼすことがわかる。ということは、この種の問題を解くためには、「解答にあたって何が影響を及ぼすか」という関連性を把握する力が必要になってくることがわかる。その前段として、「日本の電柱数」を考えるのにあたって、街中の電柱を思い浮かべるだけでなく、山にぽつんと建っている鉄塔とそこから伸びる電線を思い浮かべることも必要である。つまり、問題を正確に理解することが必要となる。

最後に重要なのが、知識である。本書では知識自体についてあまり述べていないが、ある種の知識が必要という暗黙の前提にたっている。もちろん、1平方キロメートルあたりの電柱数については知る必要はないが、日本の面積については知っておいた方がよいのだろう。同様のことは日本の人口や世界一周の距離、マクロな経済統計などが該当する。これらはある意味汎用的な(マクロな)知識である。これらについて知っておくべき、というのはコンサルティングファームという文脈から見れば自然のことだろう。コンサルタントは個別の企業や業界についてはそこに所属している人ほど詳しくはないが、彼らより優位にたっているように見えるのは、マクロな知識からそれら業界や企業を俯瞰することができるからである。そのベースとなる知識がなければ、クライアントと同じ土俵にたつことはできない。

以上から、本書で言うところのフェルミ推定のために必要な要素を整理すると、

 ・計算力(但し、電卓で代替化)
 ・マクロな知識(特に全体をまとめた数値に関する知識)
 ・問われた対象を正確に理解する力
 ・マクロな知識と問われた対象との関連を見極める力
 ・問われた対象を既知のマクロな知識をもとに算式化する力

の5つということになる。

これら5つは必ずしも「地頭」に該当するものばかりではないし(定義にもよるが)、どのビジネスパーソンにも必須の能力というわけでもない。まあ、地頭のとっかかりとしてはよいネタなのかもしれないが、この種の問題を解答できることが地頭の高さや、ビジネスパーソンとしての思考力に直結すると思わないほうがよいだろう。